○●ラクダの文化誌―アラブ家畜文化考●
2015-10-20


  資料体は巻末に記したように数多くあるがそれでも、本書の利用に供したものは筆者の能力不足から、まだまだ少ない。 またアラビア半島の現地調査とはいっても二つの大きな制約があって思うにまかせないのが現状である。一つはサウジアラビアを初めとする湾岸諸国は調査を受け容れずビザをくれないこと。 特に遊牧民の調査となると不可能である。 他は車の普及にともなってラクダの価値が殆ど無きに等しくなり、ラクダ遊牧民が急速に解体してしまってきていることである。 従って本書に供した筆者の現地の知見は、アラビア半島の遊牧民といってもイエメン、シリア、ヨルダン、パレスチナ、ネゲブ、エジプトといった半島周辺の砂漠地帯の調査行に基づくものである。
  スーダン南部ヌエル族の牛と人間の深いかかわりは、エヴァンス・プリチャードの名著『ヌエル族』によってつとに名高い。 人間のあらゆる生活様式を牛の属性に喩え、また意味付ける発想は、牧畜生活を基盤におく文化領域ならある程度推察はつくであろうし、プリチャードのように長期に深く現地調査をすれば、その具体例から分析できよう。 アラブ遊牧民の場合は家畜の用途の中に、本書でも比重をおいた乗用、競争用の訓育が加わり、用途の一層の広がりのあることは特記せねばならない。 中央アジア、アナトリア、サハラ以内のアフリカにおけるラクダ遊牧民とはこの点が相違しよう。
  またもう一点、ラクダを中心として他の家畜との重層構造が多層的に展開できることも牧畜文化の深層を探る上では重要なポイントとなろう。 本書でもいくつかの章の中で、ラクダと他の家畜、動物についての比較を試みているのもこうした構造化を探り得るとみたからに他ならない。
  本書を一層理解していただくためには、筆者の前書『砂漠の文化』(教育社、歴史新書<東洋史>B2)を併読されたい。 アラブの基層文化としての理念的遊牧民像・遊牧民社会を追求したものであり、この中にもラクダ遊牧の伝統的姿とその価値観についてある程度言及しており、透かして読みとり得るはずである。 本書は前書の内容的基盤に立って、もっぱら家畜にスポットをあてたものなのである。


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